コーヒーお代わり自由
1980年代当時、日本のファミレス業界には、まだ、「ドリンクバー」は存在しませんでした。しかしコーヒーのお代わり自由、というのは各社が採用し、それだけでも当時の日本の飲食文化にとっては驚きだったのでした。
当時のロイヤルホストでは、お客様が静かに手を挙げると、目ざとく見ていた店員さんがお代わりのコーヒーを持ってきて注いでくれました。デニーズでは、店員さんが常にコーヒーポットを持って歩き回り、コーヒーが減っているカップがあると(もう要らないです、と声を発しない限り)、無言で、置いてあるカップの位置のまま手を触れずに珈琲をつぎ足していきました。
それぞれのスタイルが確立される中で、ジョナサンでは、「積極的にお客様とコミュニケーションを取るスタイル」を取っていました。コーヒーポットを手にして店内を回りながら、笑顔で「お話し中失礼します。コーヒーのおかわりはいかがですか?」と声をかけて歩き回り、お客様の目の前では注がずに、ソーサーを手に取ってテーブル線の縁よりも手前に引き取り、スピーディーにコーヒーを注いで静かにお客様の前に戻す、というスタイルです。
「コーヒー声かけ」をすることで、対話が生じ、逆にお客様の側から別に何か用事や希望があった際に、店員への声かけが、よりしやすくなります。店員を呼びやすくする、声かけしやすくする、という「お客様の心理的ハードルを下げる」ために、先に対話をしておくことはたいへん役立ちます。これが結果として、サービスの質の向上、それぞれのお客様の異なるニーズに対応できる、ワンランク上の接客につながる、というわけです。
ワンランク上の価格帯のファミレス、を目指した「ジョナサンコンセプト」に、すべてがひとつひとつ、つながっていました。
アメリカンスタイル
米国で一時大成功したコーヒーショップチェーン「サンボー」。その昔、すかいらーく創業幹部全員でアメリカ視察研修に渡った際に、日本にはない営業スタイルの数々を発見し、「日本でやるならこういう、日本にないものを取り入れよう」と、日本進出の好機と捉えた同社との利害一致もあって、互いに50%出資して1979年に設立されたのが株式会社ジョナスでした。
次の年にジョナサン実店舗が産声を上げる頃に、このサンボー社本体がアメリカで傾いてしまい、同社の本格的な日本進出合同事業の夢は果たせないまま、倒産という事態にまで至って、ジョナサンはすでにスタート初期から、日本のすかいらーく単独経営の子会社に様変わりしました。
そうは言っても、初期のジョナサンには、アメリカンスタイルの良いところも取り入れようという側面が、まだ、残っていました。
当時、ジョナサンの初期教育では、下げ物の際にはお馴染みの丸トレイを使うトレーニングを受けますが、同時に、トレイを使わないで飲食提供するトレーニングも念入りに行われました。水を提供する際には、左手に最低3グラス、右手に1グラスを持てば、4人分までのグラスは素手で持てます。これは簡単な指ワザで、コーヒーを出すときも、左手に指をずらして2枚のソーサーを持った状態でコーヒーカップを載せ、右手にもひとつ持てば3名様までは、素手で提供できます。また料理も、少し傾けても落ちることのないライス皿を前方に、手前寄りに肘載せで料理を載せると、最大3人分のライスと料理を、素手で運ぶことができます。
3名様分の料理は、トレイを使ってだと一度には運びきれませんから、このアメリカンスタイルの「指ワザテクニック集」を覚えると、大半のお客様に、一度で料理を提供できるようになります。
指ワザテクニックについては、YouTubeでも私自身がソーサー(お皿)バージョンの持ち方の紹介を、お皿の裏側への指の置き方からビデオで丁寧に紹介しています。
YouTube:cafeinfo.jpのページ
また、下げ物の際とは異なり、料理提供では清潔面で手を洗う必要がないため、店内でフリーハンドを得て、新規来店客の応対でメニューを持って席に案内を行うことができます。また、トレーを持って「いかにも仕事中」な雰囲気を醸し出して歩き回るのに比べて、手ぶらであることから、お客様が「フリーで近くを通った店員」と感じやすくなり、心理的に声を掛けやすくなるなど、スピードとサービス向上に役立つ、という教育を受けました。
参考:ジョナサンの教育では、全フロアスタッフが、出勤時に液体石けんでの手洗いとすぐ横に置いてある殺菌桶に手首までを完全に漬け込んでから、すべての仕事を開始する、という決まりがありました。そして、1時間に1回、液体石けんを使った手洗いを繰り返しながらサービスを行うのが義務です。さらに下げ物の後や、床の汚れを拾ったあとなども実施するため、敏感なスタッフは手洗いによる手荒れに悩まされます。細かなことなのですが、界面活性剤を含まない、「液体石けん」を採用していたことは、手の管理にもたいへん役立ちました。昔から公共トイレなどでも普及していたものですが、有機化合物からつくる天然石けんのナトリウムをカリウムに置換反応させると、液体石けんができます。これが過度の手荒れ発生を防止する効果があることは、3年間の勤務でよくわかりました。
ジョナサン教育でアメリカンスタイルと言えば、店内管理からサービスまで、あらゆることの「統一マニュアル化」を実現したことも、大きな特徴だったと思います。チキンステーキ肉を焼くのなら、皮側から焼いて、鉄板の場所をずらしてひっくり返して全体を焼き上げるのに7分45秒。とか、ハンバーグについては、ジョナサンが初期からこだわって、セントラルキッチンでの調理パック方式をあえて採用せずに、店の鉄板上で丸い金属ワクに牛肉100%下処理済み練り挽肉を詰めて両面を軽く焼き、仕上げをオーブンに移して仕上げる。とか、あらゆる調理に対して、「オーダーを受けてから料理提供まで10分以内」という綿密な分厚い統一マニュアル化が、クックステーション(調理場)側では敷かれました。一方で、接客面でも、万が一店員が何かを落としたりこぼした際に、店内全員がその場で、動作を一時停止して「失礼致しました」と声を発することから、当時フロアスタッフ側がすべて担当していた非加熱調理メニューでは、バナナパフェの上段に、トップアイスの左右に向かい合わせに立て掛けるバナナスライスを、バナナの特徴や湾曲に合わせて、ナイフの角度を代えて斜め加減を変えることで正確に「厚さ5mm、長さは5cm」にそろえる技術までも、とにかくすべてが、マニュアル化されていました。
新人時代、なぜお水は角氷が2個で縁から1cm、コーヒーは縁から1.5cmのマニュアルになっているのですか?と質問した際には、本稿でのちに登場する社員の中山さんから、以下のような「立て板に水」の回答が瞬時に投げ返ってきました。
1)お冷やはお客様を癒やす基本。統一してたっぷり注ぐことがサービス姿勢をそのまま表わす。
2)コーヒーはミルクや砂糖を入れて、スプーンでかき混ぜるお客様がいる。ミルクで水位は上がらないが、かき混ぜるときにソーサーにあふれないために、必ず1.5cm空けて注いで差し上げる。
3)NORITAKE製のコーヒー専用カップ&ソーサーのデザインは、曲線を巧みに使い、1.5cm下がった位置にコーヒーを注いだ状態で、落ち着きとコーヒーの魅力を最大限伝える、絶妙の姿バランスが取れるようにデザインされている。
4)まっすぐな水用グラスに比べて、曲面構造のコーヒーカップは、店員が持ち歩いた際に、水面の揺れが大きい。運んでソーサーを汚した場合は?
赤井:はい、すぐにステーションに戻ってつぎ直しての提供です!
中山:だろ。1.5cmというのは、運ぶときのこぼれトラブル防止にもなる。マニュアルにはちゃんと深い意味があるんだよ!わかったか!
ベテランから新人に伝えることは、接客意識や作業の効率化が中心で、統一すべきことについては、とにかくできる限りマニュアル化が図られていました。
現在のジョナサンは、すでに経営陣もスタイルも、そして食器もノリタケではなく、あらゆるものが変わり、当時とは大きく変貌していますが、飲食店業界に殴り込みをかける冒険と挑戦を行った草創期に所属できたことは、あらゆる点で学びにあふれる日々でした。また、飲食業界に幅広くセルフ行為が普及する現在とは異なり、ありとあらゆるお客様サービスを、店員スタッフが行おうとする当時は、ファミレス現場で、飲食サービスの神髄を学ぶことが、まだできた時代でもありました。
(つづく)