不作為な自然破壊 (1)


【1】メダカ全滅を企んではいない

不作為(何もせず放置したこと)や過失(そのつもりは無かった)による犯罪、というのがあります。
 
これが、自然破壊の分野ではとても多いと思っています。
 
「東京の平地にいた62種の野生のトンボを1つ残らず絶滅させたい!」
 
とか、
 
「簡単に自然のメダカになど出会えない東京にしてみたい!」
 
とか、
50年前から心から誓ってその実現を希望していた人が居たら、それはかなり稀な存在でしょう。
 
でも実際には、メダカは絶滅し、大半のトンボの種類は東京では絶滅し、私たちの日常を振り返っても、季節ごとの野生の小鳥たちの声で目覚める朝までもが、失われてしまいました。
 
計画的な都市計画によって、世界の飛行機が立ち寄る巨大空港を擁するフィンランドの首都ヘルシンキでは、街中に残る公園にも、多くの鳥たちが訪れ、小動物も共存しています。
 
デンマークの生息域の宅地には、大切にされてきたコウノトリが、今も多数やってきます。
 
メダカを東京に残すことは、これらに比べたら簡単なことで、特に人間が代償を払う必要はなかったはずですが、
でも、
日本では、ホタルもメダカも道端に自然に咲いていたスミレの花さえも、とにかくあらゆる自然の命を、過去の50年間で急激に殺し去ってきました。
 
その数が何億あるかすら想像を絶する殺戮行為と感じています。
 
そこに生まれ育つ子どもたちは、人とともに身近なところで自然の動植物たちがどのように暮らしていたかを知ることはできません。また、それらの豊かな命を肌に感じられる環境を日常に得ることはできません。

【2】商品が売れると森林が焼き払われる

かつて、
「100%植物原料です」
 
とのクリーンなイメージのキャッチフレーズとともに売れに売れたシャンプーとリンスシリーズを、某大手メーカーが安全安心イメージで大ヒットさせたことがありますが、
実態は、貴重な熱帯原生林を(制限区域になっていないところを姑息に選び)伐採してアブラヤシ植栽地を拡大し、短期育成の上、油脂を取って、こうした植物油脂製品が精製されているわけです。
この植物○○シリーズが売れるほど、どんどん無防備な貴重な森林やそこにしか住めない多くの野生生物が破壊され殺戮されていきます。
 
開発が悪いのではなく、
 
「生きる命の価値や権利を考えず、活かす工夫を省略する現代人類の悪行」
 
を、何とかして少しでも止めたい。
 
これが、私の希望です。

【3】なぜメダカはいなくなった?

1978年を最後に、東京府中市の水田からメダカが消滅したのを、わたしは目の当たりにして育ちました。それから10年の間に、東京都内では、①水元公園・小合溜(葛飾区)②赤羽ゴルフ場内の池(北区)②丸子川(大田区~世田谷区)だけを残して、野生のメダカはいったんすべて絶滅してしまいました。この3箇所の都市地域内の奇跡的な残存地よりも先に、多摩地区の田園地帯からは、メダカは1980代半ばまでにはほぼ全域でいったん絶滅しました。住宅地を流れる丸子川で最後にメダカを確認したのは1991(平成3)年で、言わば暮らしに身近な最後のメダカ生息地が消えたのが、その時です。
つまり1991年が、東京からメダカが絶滅した不名誉な記念の年になってしまいました。
 
メダカが居なくなった原因は、農薬ではありません。残留性が長く環境を害するDDTやBHC系など20世紀前半に多用された強力な農薬群が世界的に禁止された1971年当時には、メダカはまだ東京都内の各地に生息していました。
 
メダカが全国の田園地帯から、1975年ごろからわずか20年ほどの間に瞬く間に消えていったのは、第一には「圃場整備事業」の名で、全国で一気に進められた、用排水を分離して水田からの排水を容易にした水田の改良事業です。
 
そのため東京都でも、多摩地区に残っていた田園地帯の方が、田園調布の住宅地の中の丸子川などよりも前に、メダカ絶滅の状態になったわけです。これは、全国でもよく似た傾向を示しています。


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