オーガニックの真髄 (2)


さて、いきなりですが、わたしが持っている2つの解決策の答えを紹介する上で最も大切な、農薬を使う単なる有機農業ではなく、農薬も使わない真のオーガニックを実現するための、解決すべき2大課題を挙げておきましょう。

(1)ふたつの重要課題

これは、

課題1.カビや細菌性疾病を無農薬で防止できること

課題2.虫害を無農薬で防止できること

単純に、この2つの問題です。

ハウス栽培や寒冷紗アーチカバーを行う生産方法を行えば、昆虫等の侵入対策がある程度可能になるので、課題2.については、多少避けようがある、と言えます。

しかしサステイナビリティーの観点から、露地栽培での育成・生産を行う、となると、課題2.つまり虫たちからの食害を避けることは、いきなり重い課題になります。

一方、課題1.は、ハウスだろうが水耕栽培だろうが、一部の高コストな無菌植物工場などを除外すると、ほぼ全ての生産者に対しての共通課題、と、なります。

さて、

日本国内で自然農法、有機生産、無農薬農法の推進を高々と謳っている個人や諸団体が、まったく表明していない課題解決は、なんでしょう?

答えは、課題2への明確な答えです。

今回は、このことについてズバリお伝えしておきます。以下の視点について聞いたことがなかった、考えつきもしなかった、という場合、あなたやあなたの知人たちは、ホンモノのオーガニック生産者ではなかったことになります。

(2)答えはカタカナでも漢字でも「2文字」です

わたしはつい昨日(2023年2月17日)にも、兵庫県西宮市で開催された、ある研修会で講演を行った後、懇親会で、私に質問をしてきた男性にこのヒントを言いました。

虫害防止。これは農薬を減らそう、あるいは無くそうと考えたり、安全で理想的な有機農業を推進しようと考えた場合に避けられない課題です。

では、農薬を使わずに生産を行う上でカギになる2文字、あなたは答えられますか?と質問しました。ヒントは、漢字でもカタカナでも2文字です。これに着眼していなければ、無農薬農法は永久にできません。それほど大事なことですが、日本では注目する自然農法推進者に、残念ながら、ほとんど出会えません。皆無に近い現状です。

ここまでヒントを出しても、奥様のご実家が農家で様々なご苦労を知っているこのご主人からは、答えは出てきませんでした。

答えは「クモ(蜘蛛)」

です。

少し古い話になりますが、かつて私は、全国組織の「不耕起栽培普及会」にたびたびご協力差し上げる機会があり、特に平成14年から16年までの3年間は、毎年夏に全国から集まる60~70件の農家の皆さまの合宿研修の一部をお手伝いして、千葉県神崎町にて20年以上も継続している不耕起農法稲作水田の現場にて、全員に「クモ調査」を行うための指導の補佐を行いました。この全体ご指導は、日本の代表的なクモ研究者のひとりである加藤先生(当時日本クモ学会評議員)が担当されていて、わたしはそのお手伝いを行い、野外調査の手法説明などを担当しました。

ご自身の農地に、年間を通して、何種類のクモ類が生息しているか、また、周辺にある畦や、道ばたの草むら、または虫やクモたちがカンタンに移動できる近隣範囲の雑木林や、休耕地などに、どのようなクモ類が発生しているのか。

これを把握している農家はおそらく日本国内では非常に稀薄です。わたしがこれまで百数十人の農業者に聞いて、把握していた方は残念ながらゼロです。

ドイツなどの先進的なオーガニック推進団体などの方々と交流しようとしても、これでは正直に、恥ずかしくて仕方ないのが現状です。

(3)クモは1年で一生を過ごす

南米のタランチュラなどごく一部の例外を除いて、「クモ」と言えば、ほぼすべては一年生です。つまりたとえば5月に生まれたとしたら、次の年の5月に親として次の世代を産んで一生を終えます。

6月に親になる種類も7月に親になる種類も、さらに、8月、9月、10月、11月という種類も存在します。さすがに11月以降、真冬に繁殖するクモは存在しませんが、春の繁殖を控えた種類は、成体あるいはその1回脱皮前の亜成体、つまりその種類の最大サイズに近づいて越冬するものも居ますし、一方で、幼生で越冬している種類も居ます。

日本産のクモ類は1600種以上が存在します。

海辺の砂浜から、高山帯に至るまで、クモ類の居ない場所はほとんどありません。場所に合わせて何らかのクモが生息しています。

クモ類はすべて肉食性で、ほぼ例外なく、主食は「虫」たちです。

そしてあまりにも当たり前ですが、クモたちは、小さいときには小さな虫たちを熱心に食べて育ちます。大きくなると、小型昆虫を得意とするもの、地表徘徊性の虫を得意とするもの、大型昆虫を狩りするもの、など、クモ類の習性は仲間や種によって、様々に異なります。

クモの多くは好き嫌いがなく、近くを通ったり、あるいは網にかかった虫たちをえり好みせずに食べます。つまり、農業害虫が居なくなっても、それでクモたちが絶滅することはありません。

さらに。

農業害虫たちの多くは農作物の周辺で暮らしたり、農作物地帯を伝い歩いて広がりますが、クモたちは、小さいからだで1km以上移動する種類も少なくありません。中には、自分から特別に軽い粘りのない糸を出して風になびかせ、凧揚げのように糸を繰り出していって、その糸のなびく力で空中に最後に自分が飛んでつかまったまま意のままに長距離移動する種類まで存在します。

つまり、たとえ農薬などでクモ類が地域から減っていたとしても、クモ類を誘致再生することは、一歩一歩、日本や世界の、どこででもできる取り組みなのです。

日本には、いわゆる攻撃的な毒グモは一種類も存在しないことが知られています。巣を壊していじめたりしない限り、防御のために人に反撃するクモなど、日本のどこにも居ないのです。

またご存じない方も居るかもしれませんが、クモ類の約半数は造網性である一方で、半分は徘徊性クモ類で、網を張りません。そしてごく一部、地中性クモ類というのも居ます。

千葉県千葉市緑区に残る昔ながらの稲作湿田。この場所で、今から20年ほど前、若いクモ研究者2名が春~秋にかけてクモ調査をしてくれる機会がありました。結果、わずか50m程度のモデル調査区間だけで、年間に148種の異なるクモが記録されました。クモたちは、空中散布の農薬時代をくぐりぬけて、意外にも残っていたのです。

同じ昆虫を食べると言っても、たとえばカエルやトカゲたちだったら、農作業の人間が来ただけで逃げ去ってしまいますが、クモは、人が来ても、遠く逃げることは決してありません。ほんの10cmほど移動して隠れる程度です。

つまり農作業・園芸作業と、とても相性の良い、昆虫の天敵がクモ類です。

「虫害を防止しよう」

としているのに、なぜ、クモについて(好きとかキライとかではなくて)知ろうとしないのか、私には不思議でしかありません。

(4)第二次世界大戦で途切れた伝承

クモは直接農作物に被害を及ぼすことがありません。つまりクモが「益虫」であることは、田舎のおばあちゃんとか、その昔、ふつうに聞いたことではないでしょうか。

なぜいつから、クモへの経験的知識が伝えられなくなったのか、と言えば、それは、第二次世界大戦後の世代からスタートした、ということになります。

戦前には、9歳にもなれば、幼い弟妹を背中に背負ってでも、農家の子どもたちは毎日田畑を手伝っているのが普通だった、と、よく聞きます。

しかし戦後には、これからの時代は農家の子でも「学」が必要だ、などと全国で語られるようになって、農家のお子さんたちが高校、さらには農業系大学に進むことなども普通になりました。さらに学校を出ると、

「父さん母さんはまだ若いし体が動くから、田植えや稲刈りの忙しい時に戻って手伝ってくれ」

と言われ、東京や大阪で就職する農家出身の若者たちが一般的になりました。

時代は変わり、都会で家庭を持って、今度は都会育ちで夏休みしか田舎のおじいちゃんおばあちゃん宅に行ったことがない、孫世代が誕生して育ちました。

戦後50年ほどの間に定着したこのような変化によって、

昔のおじいちゃんおばあちゃんのように、「子どものときから田畑に出て、30年くらいで勘をつかむものだ」と、堂々と語る農業者は激減したわけです。

昔のおじいちゃんだったら、夕方にねぐらに帰るシラサギたちの飛び方や、カラスの声、そして夕暮れの西の空の色や空の雲を見て、「今夜からひどい雨がくるぞ」と、田の導水路に木やトタンの板を建てて対策したかも知れません。

でも、ゴールデンウィークとか夏休みにしか田畑を見ない世代になると、こういう目に見えない技術伝承は、途絶えることになります。空を見上げてもそれは単に晴れとか曇りであるとしか判らず、風向きとか鳥の飛び方で急な天候急変を当ててしまう名人おじいさんは、もう、今は、全国の多くの場所で居なくなってしまいました。

伝統的な農家に伝承されてきた知識や技術財産が途絶えたことは、SDGs実現の上で、大きな損失だったと思います。クモを大切にしていた、尊敬すべきお百姓さんたちも、いつの間にか時代とともに激減して行ったのだと思います。

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