ジョナサンと私(6)


つい3日ほど前に書き始めたジョナサンシリーズ。第6話になってしまいました。この「アンコール2話目」にて、そろそろほんとうにいったん終わりにしようと思います。

私がまだ中学1年生だった1976年、当時の私たち世代が憧れたシンガーソングライターの小椋佳さんが、伝説のNHKホールコンサート(「遠ざかる風景」というタイトルでCD化されています)で、2度目のアンコールまで応えたことを、今夜、急に思い出しました。小椋佳さんは、コンサートを華やかに演出した大オーケストラを休ませ、ギター1本の弾き語りで歌った最初のアンコール曲は、その後ヒット曲のB面に収めた「木戸を開けて」という中学時代の家出を思い出して書き下ろした曲でした。おそらくまだ聞いたことがない観客が大半。ところが、さらに鳴り響いた長時間のアンコール拍手のあと、「ほんとにコレ最後に」と言って歌ったのは、小椋佳さんの歌の中ではまさに「本命」であり、NHK「みんなのうた」でも流れて、多くの人がくちずさめるほど普及した代表曲のひとつ「さらば青春」でした。会場全体から自然にリズミカルな手拍子が沸き起こり一体感のある感動のクライマックスでした。

この第6回のジョナサン話までで、飲食サービスの話は決して網羅されたわけではありませんが、「伝説のコンサート」と同じく2度めのアンコールとして、「本命」にしても良いほどの話から、書き起こすことにしましょう。

お客様は王様です

「お客様は神様ではありません。お客様は王様です。」

初期のジョナサン狛江店には、こういう張り紙が、スタッフ誰にでも見えるバックヤードの入り口横に、貼り出されていました。そしてもちろん、開店前5日間研修のトレーニングの中でも、このポリシーについての学習が行われました。

お客様あってこそ自分の存在がある。だから、かつて大スター歌手三波春夫さんは毎回ステージに立つたびに、「お客様は神様です」と必ず言い、どれだけ自分に人気が出ても、ベテランになっても、毎回、歌う前に頭をさげ続けました。

しかし、当時のジョナサン教育では、これをもじって否定するところからスタートしていました。

「神様なら私たち店員の裏事情も天の上から見えるかも知れません。しかしお客様は神様ではありませんから、店の事情はまったく見えないのです。案内されてお席に座っていただいた瞬間から、お客様は王様です。だから座ったまま、私たちを呼びます。注文したモノが中々来なければ機嫌を崩します。お客様は王様だからです。」

中には理不尽なことをお申し付けになるお客様もおられる。でも、それに対して『イヤな客だな』と思っては店は終わりです。もしかしたら今日、会社でイヤなことがあったのかもしれない。またレストランに毎日、楽しい日々を過ごした機嫌の良いお客様だけが来るはずもない。

だからジョナサンでは必ず、お客様を王様のようにおもてなししましょう。多少の無理を押しつけてきても、のびのびと自由におくつろぎいただきましょう。私たちは王様のおかげで、気がつかせてもらえることがたくさんあります。上達もできます。王様であると思うことができれば、イラだつ気持ちも消え失せます。明るく楽しいひとときを、ほんの何十分かの間、王様に体験していただきましょう。

「王様」として自分たちとの関係づけを心の中でいつも整理してみる。すると、つべこべ細かいことをひとつひとつマニュアル通り必死に覚えなくても、今の自分ができる限りの、最高の接客応対が自然にできます。1982年当時から40年が経過した今考えても、王様というたとえを使ったこの初心者教育は、素晴らしいものだったと思っています。

「お客様は王様」というフレーズは、アメリカのホテル教育ではよく出てくる、という内容が、サービス教育で取り上げられることがよくあります。そこでの王様の位置づけは、ジョナサン教育での使われ方とは少し違うのですが、このフレーズを使う店員教育は、もしかしたら、ジョナサンの片親である、当時栄華を極めた全盛期の米国サンボーチェーンから持ち込まれた教育方式なのかも知れません。今にして思うと、草創期のジョナサン教育は、接客姿勢の初期トレーニングについても実に巧みであったと、改めて深く感服することばかりです。

深夜酔い客専属トレーナー

マニュアル化されていなかった工夫の話を、ひとつだけ紹介しておきましょう。深酔いされた壮年期のおひとり様男性客が、深夜のジョナサン狛江店にはよくご来店になり、そうした方に対してはいつしか「じゃ、赤井さん担当ね」と毎回言われるようになりました。イヤなことを押しつける面もあったかもしれませんが、私自身は今でも、トラブル化しない接客技能に信頼を得ていた、と思い込むことにしています。

よたついて二重ドアを次々に開けて入ってくるお客様への、最初のトライアルは、カウンター席に座らせてしまうことです。これはイチかバチかなのですが、

「こちらならヒジが付けやすいですよ!」

などとささやいて、背中に手を添えてエスコートして差し上げると、深酔いしたお客様をカウンター席に座らせることに成功する場合がけっこうあります。カウンター席に似たスナックでお飲みになるお客様などは特に、違和感なく座って下さいます。

これに成功すれば、かなり安心です。これは、「カウンター席」という店内空間の中の位置が深く関係しています。

(1)深く酔っ払ったお客様の顔や仕草を、他のお客様が正面に見ることを完全に防止できる。

(2)頻繁に店員が正面に立てることから、話しかける相手が自動的に店員、となり、ほかのお客様に絡み始める事件を予防できる。

(3)愚痴などを店員が会話で受け止めることで、ご気分を崩しがちな深酔い客が、店内で奇声を発し叫び始めたりするのを極力予防できる。

(4)声がけを頻繁に行うことで、酔っ払い客の困る現象「深い居眠り」もある程度防止できる。

ただし、酔っ払い客は、けっして二人目以降も並べてカウンター席に案内してはいけません。お客様同士のケンカ発生の可能性もあるからです。

中には、普段からジョナサン狛江店を知っていて、「空いてるだろ、20卓でいいか?」などと先手を取られる場合もあります。卓番号を知っているという方は非常に限られていますが、これも日常ご来店いただいているリピートのおかげと思わねばなりません。20卓とは半円形にカーブした大座席がある、もっとも大人数向けの角席のことです。

この席でいびきをかいて眠られたりしたらそれこそたいへんなのですが、懸念するようなことは、実際に起こるものです。

大いびきで20卓で伏せて眠ってしまっているお客様が生じると、「赤井、お前行け!」と必ずなるわけです。マニュアルに書かれていない苦労が続きます。智恵を出さねば解決しません。

よく使ったテクニックは、主に2つです。ひとつ目は、

「大丈夫ですか?お具合が悪くなられましたか?タクシーをお呼びしましょうか?」

つまりお客様の安全を心配する声がけです。この呼びかけで会話を開始して、できる限り、思いつくことをしゃべり続けると、起き上がって「今何時だ?」など会話を始めてくださる方もおられます。また、タクシー?いや大丈夫だからオレ歩いて帰る。と、その場で立ち上がってレジに向かうお客様も生じます。ほんとうに泥酔して動けそうにない方の場合は、実際にタクシーを呼んで肩を担いでタクシーまでお乗せするケースもあります。店には公衆電話が設置されていましたが、「私が代わりにタクシーを呼びますから安心してください。10円ありますか?」と言うと、ポケットから素直に電話代を出す方もいます。

二つ目のテクニックは、時刻を使う方法です。

「お客様!大丈夫ですか!もうちょうど2時になってしまいました!」と、まるで今自分自身が時刻に気づいて驚いたかのように、多少、駆け寄るような動作で声を大きめに出してお席まで駆けつける方法です。勢い余ってテーブルに手をついてしまい、「あ、失礼しました。今2時になったので気がついて来てしまいました。。。」この、さりげなく手をドンとつくテーブルの音で起きてくれるお客様もいます(もちろんレストランのサービスでは、お客様の座るテーブルに手をつくなどというのは御法度。通常なら「もってのほか」の禁止事項です)。

泥酔客問題を防止するには、「予防」も大事です。ジョナサン狛江店は、小さな信号の角に位置し、同じ側の隣は、夜はいつも閉まっている狛江市農協だったので、夜中のおひとり客が、ジョナサンに入ってきそうな仕草が、窓越しに予め察知できることもよくありました。

本来なら、持ち場を離れることは論外なのですが、店内が空いていて、他のクルーがフロアに居てくれる場合に、まず先に外に出て行くことも何回もありました。よたよたと、電柱につかまるなどしながら、でも足はジョナサンの方向に向いている。お客様がドア前に到達する前に、外へ走り出して行き、声をかけてしまうのです。

「もう電車もないです!タクシーを呼びましょうか?」

実際にタクシーを呼んでお帰り頂いたケースもあります。本来なら売上につながるかも知れないお客様に対して、店の外にまで出て行って予防線を張るなど、バイトの分際でして良いのか微妙なラインですが、いったんわざと店内に招き入れて、満員の際に使う入り口すぐのウェイティング席にお待ちいただきタクシー会社に電話をかけるという手順です。こういう即座の対応は、判断が様々に分かれるところです。しかし率先して声をかけて対話し、できる範囲で最善を尽くすのもサービス業の鉄則という意識がありました。万が一対応をとがめられても、また、飲食店勤務の範疇を越えた行動だと言われても、それは自分が怒られれば済むことで、他のお客様を守るためにした、と、社員とひと喧嘩してもいいくらいの覚悟で、日々、行動していました。泥酔客に手を焼いて、また店内で嘔吐されたりしては店は台無しなので、特に終電後によたよた歩いてくる方を見つけた際には、間に合えば店外で、迎え入れても良いかどうかを判断した方が良い、というのが、当時の私の考え方です。

酔っ払い客の応対を数々している内に気づいたのが、「心配して親身になって声がけを行う」ことに対しては、怒る人はまずいない。ということです。気が立っている人も居るから怒り出すのではないか、というのは、要らぬ心配です。原因不明に怒鳴り散らして入ってくるお客様も実際にはおられましたが、「きょうはなにかたいへんだったんですか?」などと声をかける内に、コーヒーをほんの少しだけ口につける程度飲んで、急に正気を取り戻しのか、悪かったねごめんね、と感謝の言葉を残して会計してすぐにお帰りになる方もいらっしゃいます。

ジョナサンは飲食店であり、本来ならそのメニュー構成や料理そのものについても、たくさん話題にすべきかも知れません。今回のシリーズでは、主に私自身が学び取ったことについて紹介しようと決めて書き始めたため、飲食そのものの話しを、ほとんどしませんでした。

それまでのレストランの常識ではステーキに含めなかったエリアまで大きく取り入れて、ソテー&ステーキ用を1切れ140gではなく220gまで取るようにした、当時のジョナサンの目玉となっていた大判チキン(今もガストなどで引き継がれています)の話。今も定番として残るメキシカンピラフの誕生の話。初期のジョナサンが挑戦したラムステーキ定番化の話。レンジアップすることで90秒で本格的な濃厚さを実現したホットミルクティーの話。そのほかにも、グリーンアスパラガスのベーコンチーズ焼き、など、初期のジョナサンの工夫のメニュー数々について、本当ならたくさん紹介したいところです。

しかし飲食の中身の話になっていくほど、お読みになる方の対象範囲はどうしても狭まります。

飲食業には、接客応対の基本が、たくさん隠されています。

そのため、レストランでの一コマとして、飲食以外の方にもお役に立つ視点に限定した話題にて、今回のシリーズは、これでほんとうにいったん終わりにさせていただきます。

長々しいジョナサン話に最後までお付き合い頂けた方々には、深く感謝申し上げたく存じます。

(ジョナサンの項おわり/赤井 裕)

ジョナサンと私(1)へ

,

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です