さて、ジョナサンシリーズ第5話を、お届けすることにしましょう。
今でこそ、セミナーで繰り返し講師をしたり、知人の運営する都内のサロンで結婚披露宴の司会を依頼されたり、「しゃべる仕事」を私がしていても、それで驚く人はいません。それどころか、「全国子ども電話相談室でその昔レギュラー解答者をしていた赤井さんです」と紹介されて登壇することもあって、なんだか「スピーチをすることにかけてはプロフェッショナル」なイメージで待ち構えられて、戸惑うこともあります。
ところが、ジョナサンで働き始めた18歳の頃はまだ、さほど「口八丁」ではなかったというのが事実です。小中高時代、友だちは非常に少数だったし、クラスで人気者になった経験も一切ないし、どちらかというとかなり引っ込み思案タイプ。学校で、先生に対しては、わからないことに物怖じせずすぐに手を挙げて質問する生徒でしたが、高校の時の比較的正式な心理学のテストで「社交的で外交的な性格」という診断が出て「それぼくじゃない」と感じたほどです。
「初対面の方々と、いかにちゃんとした対話を成立させるのか」
これは、ジョナサンで自分自身が大きなテーマとして常に抱いていた課題です。そして、相手を見て状況に合わせて対話する技能を、ここまで短時間に会得できたことは、ジョナサン勤務の成果です。一生モノの財産を得させていただいたと今も深く感謝しています。
さて、
ジョナサンシリーズ(1)~(4)を一気に約1日で書き上げて、ごく近しい知人たちに見てもらった結果、まだ続きを書け、ということになりました。
昨夜、タイトルになるような小テーマが、ざっと、あといくつくらい上げられるかなと思い、メモ帳(パソコンのアプリ)に書き出したところ、瞬時に出てきた話題案が、「14テーマ」ありました(笑)。これでは多すぎるので、少し絞ってお話ししていきます。
テーブル責任者制
かつて、ファミレスなどのスタッフ出入り付近の天井近くに、なんだか知らないけど1~10の数字だけの電光表示が見つかることがあるのを、お気づきだった方は多いのではないでしょうか。
2020年以降の新型コロナウィルス流行後の現在、ファミレスでも客席での「端末注文」、そしてさらに「ロボット配膳」が普及していますが、昔のファミレスでは、「担当者配膳」が一般的でした。呼ばれて注文をお聞きした店員が、ずっとその座席の担当者になる管理制度です。
出勤すると、まずその日の勤務中に使う担当者番号を届け出て、たとえば2番を選ぶと、自分が注文を取った席の料理ができた際に、「2」の電光掲示と小さなチャイムがなる仕組みです。
ジョナサン狛江店にクッククルー(調理バイト)として長く勤務された橋本さんは、担当席の料理ができて、いそいそとクックステーションに取りに行くと「はい、2番さんできましたどーうぞっ!」といつでも元気よく声をかけてくださいました。この声に、「あ、お客様に疲れなどを見せてはいけないな!」と、どれだけ元気づけられたか知れません。
注文を取ったクルーが、ずっとそのお席のお客様の担当者になる。
このメリットはたいへん大きい効果があります。カレーとパスタを注文されたカップル客がおられた場合、注文を取った店員がお持ちすれば、誰がカレーだったかは覚えていますから、「カレーはどちら様でしたか?」などと聞く必要がありません(※1、※2、末尾脚注参照)。ただ「お待たせ致しました」とだけ告げて、個々のオーダー品を、静かに配膳できますから、安心感を与えるスムーズな配膳になりますし、お客様の会話を邪魔することもありません。また、料理を出した時刻をメモできますから、食べるのがゆっくりでも、「そろそろ食後のデザートご準備いたしましょうか?」と、声を掛けやすい。お客様の側も、注文を取ってくれた店員だから、気を掛けてくれている、と安心できます。
つまりレストランにおける「高度なサービスとホスピタリティー」の実現を、ファミレスであっても極力実現する上で、担当者制は非常に大切だったわけです。
幸いなことに、ファミレスにロボットが普及してきたことで、心と心が結びつくようなサービス展開の大型レストランは、これからぐんと減っていくことと思います。飲食にこれからトライする皆さん、これはチャンスですよね。1980年代のファミレス拡大時代に、高価格帯で「接客の質でも勝負」しようとしていた初期のジョナサンは、今はそぎ落とされて消滅した数々のノウハウを、豊富に体験しながら学べる場でした。
月刊食堂を読破せよ
ジョナサン狛江店で、昇格して店舗初のトレーナー職となった時、店長から義務づけられたのが、控え室のテーブルにいつも置いてある「月刊食堂」をくまなく読破しろ、という課題でした。800ページもあろうかという、非常に厚みのある業界誌で、あらゆる飲食業の新メニューや業績紹介が満載されているほかに、話題チェーンの店長インタビュー、また、成功したチェーンの創業からの苦悩と成功の歴史が、シリーズで毎号特集されたりしていました。
今も、コンサル相談を受ける方々から、
今やファーストキッチンと合同スタイルとなったウェンディーズが、アメリカで最初に創業した当時は、バーガー好きの5歳の娘ウェンディーちゃんに、農場主の父親が美味しいバーガーを、街に出なくても食べさせられるように、と、街道沿いに自らハンバーガースタンドをつくり、娘の名前をつけたことから、わずか7年間で20カ国に海外進出するほどのチェーンになった。とか、モスバーガーが創業3年間で200店舗達成した、草創期の住宅街戦略と調理2分45秒への挑戦。とか、種々の飲食業の独自戦略と成功の話を持ち出すと、「すごく詳しいですね!」などと言われることがあります。
しかし、この素養は、ジョナサンで「月刊食堂を隅から隅まで暗記するほど読め」と言われていなければ、決して身につかなかったことです。その後も、日経トレンディーとか、プレジデントとか、様々な情報系雑誌を読む際の見方や覚え方に、80年代前半に毎月毎月月刊食堂を読み散らかした経験が役立っています。
いらっしゃいませの言い方
さて店内のことに戻りましょう。
開店研修で、叫びながら発声トレーニングをさせられたことはこの項の最初のほうに書きましたが、初期研修の多くを担当された萩原さんから伝授されたテクニックのひとつに「いらっしゃいませは尻上がり気味に言うこと」という鉄則がありました。
高級家具店などでは、落ち着いて長時間かけて、生活の伴侶となる家具をお選びいただくため、「いらっしゃいませ」の言葉がけの時点から、落ち着いて、控えめに、語尾を上げずに抑えめに言うモノだ、というのが、萩原節のスタートでした。つまり、「ようこそいらっしゃいました、ぜひ、ごゆっくりご自由にご覧ください」という気持ちを、落ち着いた雰囲気で語りかける「いらっしゃいませ」の中に込めるのだ、というわけです。
つづいて萩原さんが研修で持ち出したのは、「ガソリンスタンド」です。窓を閉めたままスタンドに入ってくる車の中では、店員が何かをしゃべってもほとんど聞こえるわけがない。だから、いらっしゃいませの、最後の「せ」だけをとにかく大声で伸ばして、「ぃらっしゃいませーーっ!」と、ほとんど「せー」だけしか言っていないかのように、尻上がりに強調して、このスタンドを選んでご来店いただいた喜びの表現を精一杯尻上がりに言うのだ、というわけです。
ジョナサンは高級価格帯という新しいコンセプトのコーヒーショップ&レストランだ。もちろんお客様はごゆっくり過ごしていっていただいて結構。しかしジョナサンの大事なテーマに「明るく楽しく」という(横川竟社長イズムの)根底がある。店内を見渡して欲しい。壁紙、照明、様々な点に「明るく楽しく」を徹底的に考えたデザインを追求している。
その店内にお客様をお迎えするんだ。
店のスタッフ全員が、お客様を、明るい喜びの声をもってお迎えすべきだ。だから、全員が明るい声で、いらっしゃいませを、ぜひ、「短く明るく尻上がりに」発して欲しい。さあ、全員で練習してみましょうー。
萩原さんは、「である調」で自信を持って内容説明し、最後だけ、何々しましょう。と、やさしく丁寧な、「ですます調」に変わる、特有の語り口でしたが、一方でとてもわかりやすい伝え方で、説得力がありました。狛江店のあと、武蔵小山店の店長に転出されましたが、そこでも多くの若いスタッフが、心のこもった指導を受けたことでしょう。
お客様が来た際、「全員でいらっしゃいませを言う」というのも当時のジョナサンの鉄則でした。お客様から見えないし聞こえないクックステーションの中の調理スタッフも、店内からウェイトレスらの「いらっしゃいませ」が聞こえたら、一緒にお客様を迎える気持ちになってすかさず「いらっしゃいませ」を大きく言いましょう、ということになっていました。客席で直接対応中のクルー以外、全員がその場で「いらっしゃいませ」をほんの少し尻上がり気味に明るく言う。決してどこかの寿司店チェーンのように、遠くからも来店者に聞こえるような大声でなくてよい。歓迎の心が届け、という気持ちで空気に発するだけで良い。明るく、心地良く店内を包むように。。。
たったひと言のために、なんと、考え抜いているのだろう。18歳の私の驚きはとても大きなものでした。
古いソーサー論議
ジョナサン勤務の中で、実は反省していることも数多くあります。そのひとつが、新人社員としてあとから配属されてきた尾崎さんと3日間にわたって、大げんかをしたことです。
大げんかといっても、その舞台は、控え室に置いてあるスタッフノート(グループ交換日記)の中でのことです。
真面目でジョナサンの仕事をどんどん身につけていき、やさしい声がけでお客様の心象も良い尾崎さん。私より6歳年上のこの尾崎さんに、ぼくは怒鳴り散らすような口調で、怒ったのです。
理由は、食器洗浄から上がってきて、フロア担当がコーヒーコーナーにソーサー(コーヒー受け皿)を補充するのに、尾崎さんが重ねて置いてあるお皿の上に載せたことが引き金です。
とにかく私は頭ごなしに、なんで新しいソーサーを下に置いて、古いソーサーを上にしないのか!と、尾崎さんの行動を思いっきりなじってけなしてしまったのです。これがいけませんでした。何を言っているのかわからなかった尾崎さんは、ノートに巨大な拡大文字で、「言いがかりを言うな!皿に古いとか新しいとか区別できるのか!!」と怒りをぶつけ返してきてしまったのです。
この攻防は3日間続き、ふつう、気づいたことを5行程度書き残すノートは、一気に何ページも書き潰されていったのです。
洗って補充するお皿を置く際、そもそもそこにストックされているお皿をいったん横にどけて、洗いたての分を下にして、その上に、今まであったお皿たちを戻す。こうして、常に皿が入れ替わるようにしておかないと、たくさんお皿が減った際に下から取ったお皿が、極端に言えば「2年前に洗った皿」という事態も、あり得るかも知れません。
単にお皿やグラスを補充する、という感覚で仕事をするのではなくて、その一枚一枚が、お客様の手や口元に間もなく運ばれていくのだということをイメージすれば、自然と、新しく持ち込んだお皿は、下に置くはずです。習ったかどうかではなく、すべてをお客様に向けたサービスの一環として捉えれば、当然できなくてはいけない「ストックマナー」なはずです。それを、「そういう順序については習っていなかった」などと言われたら、益々怒り心頭に怒ってしまうのが、当時の私でした。
攻防は3日目に終息。尾崎さんは、「内容はわかりましたが、最初から新入社員である自分にもわかるように説明して欲しかった。」と涙顔のイラスト付きでノートにコメントしました。
その後ファミレスでドリンクバーが普及したので、この記事をお読みの皆さんもお気づきかと思いますが、グラスやカップ類は、引き出し式のストッカーレールに、グラスラックごと収納される形式が普通です。
当時のジョナサンでも、すでにこの形式は同じだったのですが、いくつかグラスが使用されて、半分くらいが空きスペースだったところに、時折、洗いたてのグラスの半端な分を補充することがあります。その際には、まだ生暖かい洗いたてのグラスを補充した後、ラックを引き出して前後を逆にして収納すれば、お客様のところに暖かいグラスが行ってしまうことを予防できます。
また、空っぽになったラックをバックヤードに片付ける際には、その空いた最上段に、下段にもうひとつストックしてあるグラスラックを、段を一段上に差し変えて収納し直しておけば、誰かほかのスタッフが洗い上がったラックを補充する場所が、自動的に一段下になり、この際にも、温かいグラスがお客様のところへ使われてしまうことを予防できます。
たとえマニュアルに書かれていてもいなくても、お客様の手に渡る、口に運ばれるというイメージをいつも抱くことができれば、「新しい洗いたてのソーサーを上に置くなどあり得ない」と、自然に仕草ができるはずです。店内のすべての設備やひとつひとつのモノの向こうに、「お客様」という主役の存在を見つめられるかどうか、これが店内管理のすべてを決めていくと思います。
昨年、近所のファミリーマートで、100円コーヒー機の横のストッカーに、コーヒー用のキャップを補充しているバイト店員が居て、そこに店長も居たので、「新しいのを上に補充すると、客は、じゃあ奥の方はいったい何ヶ月前のものなんだろう、と、不潔感を抱いて心配をします」と、ジョナサンにいた38年前と、同じ事を、つい、言ってしまいました。ファミマの店長さんは、1回で、私の言おうとしていることを理解し、「補充の仕方についてきょうから徹底して改善します、ありがとうございます」と答えました。これは、38年前の尾崎さんのお言葉のおかげだと、忘れかけていた行き違いケンカの想い出に、感謝の気持ちが湧いた出来事でした。
ジョナサンに最初に立ってから40年が経とうとしています。働いたのはわずかな年数なのにもかかわらず、たたき込まれた「横川竟イズム」は、その後もずっと人生の各所に役立って、いつまでも当時のジョナサン戦士の気持ちが、今もまったく抜ける気配はありません。
脚注:
※1 日本にガストが登場して以降、現在のファミレスでは、シルバーBOX(ナイフ・フォークなどが予めゆとりをもって席に配備されていること)が普及しました。しかし80年代の初期のジョナサンでは、注文を受けた店員は、いったん下がってオーダーに合わせたシルバー(食器類)を、席にお持ちし、それぞれのお客様の正面右側に、ナフキンペーパーを敷いて静かに置くことがセオリーでした。
※2 そのためカレーのお客様の前にはスプーン1個のみ、パスタのお客様の前にはフォークとスプーンがそれぞれ先に整然と置かれているはずで、万が一臨時に他のスタッフがお持ちしても、静かに配膳することは可能です。しかしシルバーが配置されていても、ひとりがハンバーグステーキ、もうお一方がチキンソテー、となると、置かれているシルバーセットが同じになり、担当クルー以外だと、お客様どうしの対話などを遮って確認質問をせねばならない事態になります。担当客配膳が重複し、手の空いているクルーに配膳を代行してもらう際には、「髪飾りの女性の方がハンバーグね!」などと、クックステーションで並んだ際に代理配膳クルーに声をかけておくことで、スムーズな配膳を実現できます。こうした「スタッフ連携」が、レストランとしての質を高める細かな一歩一歩になります。
(つづく)